2013年07月28日

綺麗に老いる事の難しさ… 「生誕100周年記念 中原淳一展」(大阪 梅田阪急 阪急ギャラリー開催中)と宮崎駿 監督作品「風立ちぬ」を続けて観たことへの後悔…(映画・漫画・アニメーション 2013年07月28日)

2013年月27日28日 の鑑賞「中原淳一展」映画「風立ちぬ」 Doburoku-TAO.JPG

 昨夜は同居人が帰省した事もあり、夕方から一人で「生誕100周年記念 中原淳一展」(大阪 梅田阪急 阪急ギャラリー開催中)を観にいく。
 19時を過ぎるとほぼ貸し切り状態だったこともあり、ゆっくりと満足いくまで鑑賞する。
一番見たかったのは中原淳一が晩年製作した「3人のスリ」などの人形。
以前、大阪 高島屋で開催された中原淳一展で観た時よりも、会場が空いていたこともあり、人形をいろんな角度で眺める事ができた。

この心地よさと、ぐっすり眠れた事もあり(作りかけの9試単座戦闘機の形状解釈も知りたくなり)、あさいちに難波へ「風立ちぬ」を観にいった。
 結果からいえば「中原淳一」展の余韻が冷めぬまま、「風立ちぬ」を観にいくべきではなかった。
「風立ちぬ」を見た感想は、瞳孔が開ききったキチガイと、男にとって都合がいいだけの女が跋扈する、宮崎駿の「夢の垂れ流し」であり、作品としてはしまりが無さ過ぎた。
宮崎信者ではない自分にとって、宮崎駿の夢(願望)には簡単には同調することができなかった。

続けて観なければ、「己を律して綺麗に老いる」事の難しさも考えることなく、単なる漫画映画の一本として消化できたかもしれない。

追伸…
9試単座戦闘機の描き方については、翼を大げさに伸ばしているあたり描き方としてとても卑怯だと思う。
あと、スタッフが集まり技術検証での図に描かれた脚の収納及び開き方はおかしいのでは?
構造的に翼端まで一枚翼で作れず分割せざるを得なかった9試単座戦闘機の場合、仮に収納脚を採用したならば、外側の翼の強度確保も含め、脚は内側へ畳まれるのではないだろうか?(堀越二郎自身 その著作で零式戦闘機の脚収納について回想した際、メッサーシュミット Bf109デザインを否定していた筈だが…)
posted by DOBUROKU-TAO at 15:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・TV | 更新情報をチェックする
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