2011年01月08日

2011年 最近の読書 No.03  伊藤計劃 著『虐殺器官』 早川文庫…(201.01.08 読書・文庫・散財)

ここ数年 神林長平氏の「雪風」シリーズの再開に合わせて早川書房の「SFマガジン」を定期購入を再開している。
既に「雪風」の3作目は終了し単行本もされているが、 毎度のごとく馬鹿で断るのも面倒なので購入を継続している。
 一時期「SFなる定義のはっきりしない」物のマニアに接し 合わない物差しのやりとりにうんざりさせられたこともあり、数ページつまみ読みする程度で10代の時のように夢中で「SF」を求め全頁に目を通すような事はしなくなった。
 そんな中 「SFマガジン」でよく取り上げられていたのが…
最近の読書 2011 01 伊藤計劃「虐殺器官」 早川文庫 Doburoku-TAO伊藤計劃 著
 『虐殺器官』
 早川書房

 これは つい最近(昨年)文庫化されたことあり購入し、流し読みしてうんざりさせられた同じ著者の「ハーモニー」にもいえる事だが…

「世界が嫌なら お前だけ お前の責任」
で、
「自分一人 人知れず死ね」
であり、
「己の不満で 世界を巻き込むな」
である。

 そして 大層な言葉を並べて トラウマを理由に
「安易なテロリズムの容認」
程度のお話としか思えなかった。

 Doburoku-TAOにとっては1994年 アフリカの「ルワンダ」で起きた民族紛争の結果での虐殺事件は、その規模と経過を知ったときに唖然とさせられた事件であった。
 この事件で 「倫理感や法は 各自が守ろうと思わなければ守らない」物である事を 情けない事に再確認させられ、「われわれ人類は進歩しているのだろうか?」という不安を持たせらえた絶望的な事件だった。
 これは「ユーゴスラビア内紛」の際 TVで放映されたダンスミュージックにあわせ「民族浄化という敵対民族の虐殺と婦女暴行を呼びかける放送」(日本では NHK「映像の世紀」で放映された)と並ぶ、人類にタイスル絶望的な情報だった。

 Doburoku-TAOは先の事件で感じた事から、伊藤計劃 の「虐殺器官」と「ハーモニー」の物語にある「世界(人類)に働きかけられる仕掛け」は、作者が「科学万能」(人は機械の一種に過ぎないとの立場)信仰であるが故に 現実の事件に対し「人類への不安」を認めたくないが故に発案された「言い訳」としか思えない。
そして「己を救ってくれなかった科学」への「恨み節」も「虐殺器官」と「ハーモニー」という作品にはこめられているように思う。

 作者が若くしてなくなった事は残念である。
「虐殺器官」と「ハーモニー」も、忍び寄る「死への恐怖」と「生きる事への確執」そして「なぜ自分がそのような目に合わなければならないのか」への怒り」が生み出した作品ではないかと思っている。

 まぁ毎度の一オタクの邪推だが…(笑
そのような心境に作者はなったかも知れないが、
生きている読者は、物語を「免罪符」にし「己を貶めない」ためにも、
「作者の怒りや絶望に安易に同調していけない」
と思うし、
「個人の恨み節に従う必要はない」
と思う。

どう生きるかは「生きている者」が「生きている者たちと接して」 現実に向き合い考え対応すればいいだけの話しだと思う。
そういう 意味では Doburoku-TAOはぬくぬくと生きているので、
たとえそれが「パンドラの箱の残りかすの希望」でも 人類に対して持ちたいと思っている。

2011.01.08…加筆修正。

追記…「科学万能」信仰であるが 心理学での条件つけと薬物投与で人をコントロールできる云々はTVドラマ「プリズナー No.6」をいまさら例にださなくても 漫画を含め恥ずかしいくらい使い古されたネタだと思うぞ…(笑。

posted by DOBUROKU-TAO at 12:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 「2011年 最近の読書] | 更新情報をチェックする
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