2009年06月20日

(NHK 総合 2009.06.02放映)TV アニメ「川の光」を見て… 『曖昧な表現で 夢と現実(結果)をボカシタ事に ふと思う』…(2009.06.20 アニメ・TV)

スズメの体型と ほっぺのグリグリがない事は まぁいいとして…

ラストの表現(倒れている彼ら 親子を同族が取り囲む…声が聞こえる…以降)は 物語として 結果を曖昧にし逃げている(オチをつけていない)。
あの 雪が積もった川辺のシーンが 横移動すると 春の景色になり 育った彼らの成長し家族を持った姿が エンエン描かれているが…

生まれ育った川辺の景色
生まれ育った家
そして 助けてくれた犬(成長していない)

倒れている彼ら親子を同族が取り囲む(声が聞こえる)シーンのあと、あの親子の視線で同族を見る画があれば彼らが仲間に会えた(例え死んだとしても目的の地にはたどり着いた)表現になるのだが…

あの ラストの表現は 
「死んだ親子の死ぬ間際の夢(都合のよい)」
なのか?
「新しい地で目覚める前に見た夢」
なのか?

物語を始めたならば 「夢オチ」でもなぜその夢をみたかの理由と結果はきっちり描くべきである。物語の終わり(主人公たちの 行動の結果)を表現しないのは 単に逃げているだけかと…
「主人公の死」を描く事が残酷と思えるならば(その技量がないならば)、手を出すべきではないと思う…(『子供に云々は 単なる詭弁である…』)

原作が例えそうだったとしても…(悪いが原作は読んでいない)

ある「狸」アニメで 「才能ない者はだまして間引きするのも情け」という 傲慢な表現を ふと思い出してしまった

posted by DOBUROKU-TAO at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 漫画・アニメ | 更新情報をチェックする
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