2007年10月23日

我は欲す 我を慰める物語を、されど 我 群れる為に求めるであらず。

…何時もの当ブログ比5倍 痛い話です…

昨夜 風呂上りに 同居人荷TV番組の事を知らされ
た。
22:00より放映された 番組名は
NHK教育 ETV特集「21世紀を夢見た日々・日本のSF50年」
番組の中で呼称される「SF作家第一世代」と呼ばれる作家たちの活動を 当時の関係者(当事者)のいろんなエピソードを交えながら紹介する構成だが1970年の万博を境に番組そのものの焦点が合わなくなっている感じを受けた、この違和感はなんだろうかと考えてみた。Doburoku-TAOの結論から言えば この番組 は「戦後SF 第一世代の活動とその時代(出会いと別れ)」に絞ればよかったと思う。

もし 番組の題名どうり 日本SF50年歴史を述べるならば

早川書房から 作品の出版物を出していたSF作家達が何故 早川から作品を発表しなくなった理由を触れるべきだったと思う。

ま、この辺りは所詮、1965年生まれの SF者ではないDoburoku-TAOにとっては 所詮 本を読んで後から知りえた事が多いので 説得力が無いが…。

以下は番組を見ながら不思議に思った事を…

1、「宇宙戦艦 ヤマト」にSF作家の関わりを認めるならば、デザイン面で協力した「スタジオ ぬえ」の存在に触れないのか?
…そのメンバーの働きはやがて「ガンダム」の舞台設定の肉付けへと繋がる事が見える筈なのだが…
ただし ガンダムブームの最中も含め 彼らの発言と立ち位置を 丹念に追う必要はあるのだが
脱線するならば「反 ヌエ」「反 大河原」の流に「シド・ミード」「ルイジ・コラーニー」の流行なんかも含めて 80年代中ごろの同人誌 即売会の流れを追うと…また別のものが見えてくるかもしれないが

ついでに書くならば 作品ストックを使い果たした「鉄腕アトム」のアニーメーションを続ける為に 活躍したスタッフの中に 富野由悠季 氏がいたことは因縁めいた話だなぁ…

2、70年代後半から80年代 アニメーションは何故「SF者」から嫌われたのか その部分はSFを支えた者を見る上で 無視できないと思うのだが 
…個人的な経験から言えば、SF原体験が「ウルフガイ」だ云々の先輩に…(以下 自粛
星野之宣氏の作品評価のみならず 田中芳樹 氏の「銀河英雄伝説」を作品評価取り巻く環境の変化を追うと 見えてくる物があるかも…

3、取り上げる アニメーションの製作年に 駆け足過ぎるし 取り上げる意図が伝わらない。
…和製サイバーパンクのさきがけですから「攻殻…」云々の話しはご堪忍を
堀晃 氏をDoburoku-TAOが遅れて知ったのは高校一年生の時の 徳間文庫「太陽風交点」だったりする。
「サイバーパンク」ブームの時 何故 「情報サイボーグ」について言及しないのか不思議だった。
「エヴァンゲリオン」の製作スタッフの原点「SF 大会」のOPアニメ の与えた影響と反動も。


4、番組内で「SF作家達」のユニークさというかユーモア度を好意的に紹介していたが 良い面ばかりだったのだろうか
…一例として思い浮かぶのは 最近読んだ安藤健二 著「封印作品の謎」 と 数年前 横浜のデパートで覗いた「エッシャー展」で特別展示された 少年マガジンにおける「エッシャー」の作品の扱いで感じた違和感から 感じた人物像。「〈OH〉の肖像」を読んだのは 大学の図書館で20年近い昔 今手元に無いのが…

5、「SF第一世代」に感じた違和感。
…海野十三 氏などの戦前・戦時中に活躍された方々もいるわけで…

自分でも 打ち込んでいて ゴチャゴチャ 細かい事を書き散らしていると思う。

大塚英志 氏「『おたく』の精神史 1980年台論」(講談社現代新書 2004年 )を読んで感じた違和感と苛立ち。「富野語録 富野由悠季インタビュー集」(らラポート発行 1999年発行)40過ぎて読んだ時 感じた 高校生時代に読んでいた本について考えた時返ってきた物。両者に共通する 自分にとっての 苛立ちと痛さを なぜか考えさせる番組だった。

ま、いいか… 考えるだけなら財布傷まないし…(笑
posted by DOBUROKU-TAO at 00:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画・TV | 更新情報をチェックする
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